ヒナコフスキーの表現定理

ソフィア=ヒナコフスカヤによる気まぐれ日記帳です

ブール代数入門(2)-素イデアル定理

本稿は,以下の記事の続きとして, Boole代数の基本的な定理である素イデアル定理を紹介する.

hinakovsky5.hatenablog.com

2. 素イデアル定理

Def.2.1

 B をBoole代数,  I \subset B とする.このとき,  I イデアルであるとは,次を満たすことをいう.

  1.  0 \in I, \ 1 \notin I .

  2.  \forall x \in B \ \forall y \in I \ ( x \leq y \rightarrow x \in I ) .

  3.  \forall x, y \in I \ ( x + y \in I ) .

つまり,イデアルとは,「0をもつ、下方向と加法について閉じた構造」であることがわかる.

Def.2.2

 B をBoole代数,  I \subset B イデアルとする.  I イデアルであるとは,  \forall x \in B \ ( x \in I \vee \neg x \in I ) を満たすことをいう.

イデアルは,「どんなブール代数の元も,それ自身またはその補元をもつ」ことを主張する.

イデアルの基本的な性質として,次が成り立つ.

Lem.2.3

 B をBoole代数,  I \subset B イデアルとする.このとき,次が成り立つ.

  1.  \forall x \in B \ ( x \in I \rightarrow \neg x \notin I ) .特に,  I が素イデアルならば,逆も成り立つ.

  2.  I が素イデアルであることと,  \forall x, y \in B \ ( x \cdot y \in I \rightarrow x \in I \vee y \in I ) であることは同値である.

Proof

(1)  x \in B をとり,  x \in I とする.若し \neg x \in I であれば,イデアルの公理(3)より 1 = x + \neg x \in I であるが,これはイデアルの公理(1)に矛盾する.よって,  \neg x \notin I である.

(2)  I が素イデアルであるとする.  x, y \in B をとり,  x, y \notin I とする.このとき,  \neg x, \neg y \in I なので,イデアルの公理(3)より,  \neg (x \cdot y) = \neg x + \neg y \in I である.従って, (1)より x \cdot y \notin I である.逆に, (2)の条件が成り立つとする.このとき,  x \in B をとると,  x \cdot \neg x = 0 \in I なので x \in I または \neg x \in I である.よって,  I は素イデアルである.  \square

Def.2.4

 B をBoole代数,  b \in B, \ b \neq 1 とする.このとき,  b \downarrow := \{ x \in B \ | \ x \leq b \}  b 単項イデアルという.

単項イデアルイデアルであることは直ちに確かめられるので読者への練習問題とする.

イデアルの双対概念にフィルターと呼ばれるものがある.集合論的にはこちらの方が扱いやすいので,イデアルに関する定理であっても証明はフィルターを介することがある.

Def.2.5

 B をBoole代数,  F \subset B とする.このとき,  F フィルターであるとは,次を満たすことをいう.

  1.  1 \in F, \ 0 \notin F .

  2.  \forall x \in B \ \forall y \in F \ ( y \leq x \rightarrow x \in F ) .

  3.  \forall x, y \in F \ ( x \cdot y \in F ) .

つまり,フィルターとは,「1をもつ、上方向と乗法について閉じた構造」であることがわかる.

定義から,イデアルとフィルターは双対概念であるから,定義と定理の紹介は羅列するにとどめる.詳しく見たい人は確かめよ.

Def.2.6

 B をBoole代数,  F \subset B をフィルターとする.  F 超フィルターであるとは,  \forall x \in B \ ( x \in F \vee \neg x \in F ) を満たすことをいう.

Lem.2.7

 B をBoole代数,  F \subset B をフィルターとする.このとき,次が成り立つ.

  1.  \forall x \in B \ ( x \in F \rightarrow \neg x \notin F ) .特に,  F が超フィルターならば,逆も成り立つ.

  2.  F が超フィルターであることと,  \forall x, y \in B \ ( x + y \in F \rightarrow x \in F \vee y \in F ) であることは同値である.

Def.2.8

 B をBoole代数,  b \in B, \ b \neq 0 とする.このとき,  b \uparrow := \{ x \in B \ | \ b \leq x \}  b 単項フィルターという.

さて,イデアルとフィルターの関連を見ていこう.

Lem.2.9

 B をBoole代数,  I, F \subset B とする.このとき,次が成り立つ.

  1.  I イデアルであることと,  I^{*} := \{ \neg x \ | \ x \in B \} がフィルターであることは同値である.特に,  I が素イデアルであることと,  I^{*} が超フィルターであることは同値である.この I^{*}  I 随伴という.

  2.  b \in B の単項フィルター b \uparrow が超フィルターであることと,  0 \lt a \lt b, a \neq 0 なる a \in B が存在しないことは同値である.このような b アトムという.

  3. 空でない X \subset B の任意の有限個の元 a_1, \cdots, a_n \in X の和が 1 でないとする.このとき,  X \downarrow := \{ x \in B \ | \ \exists n \geq 1 \ \exists a_1, \cdots, a_n \in X \ ( x \leq a_1 + \cdots + a_n ) \}  X を含む最小のイデアルである.これを X から生成されるイデアルという.

  4. 空でない X \subset B の任意の有限個の元 a_1, \cdots, a_n \in X の積が 0 でないとする(有限交叉性/FIP).このとき,  X \uparrow := \{ x \in B \ | \ \exists n \geq 1 \ \exists a_1, \cdots, a_n \in X \ ( a_1 \cdot \cdot \cdot a_n \leq x ) \}  X を含む最小のフィルターである.これを X から生成されるフィルターという.

Proof

(1)  I イデアルとする.このとき,イデアルの公理(1)より,  0 \notin I^{*}, \ 1 \in I^{*} である.また,  x \in B, \ y \in I^{*}, \ y \leq x ならば \neg x \leq \neg y なので,イデアルの公理(2)より,  \neg x \in I である.よって,  x \in I^{*} である.さらに,  x, y \in I^{*} とすると,イデアルの公理(3)より \neg (x \cdot y) = \neg x + \neg y \in I である.よって,  x \cdot y \in I^{*} である.故に,  I^{*} はフィルターである.若し I が素イデアルであれば,  x \in B に対して x \in I または x \neg x \in I であるから,  x \in I^{*} または \neg x \in I^{*} である.よって,  I^{*} は超フィルターである.逆も同様である.

(2)  b \uparrow が超フィルターであるとする.若し 0 \lt a \lt b, \ a \neq 0 なる a \in B があれば,  a \in b \uparrow または \neg a \in b \uparrow である.  a \in b \uparrow とすると,  b \leq a となってしまい,  a \lt b に矛盾する.  \neg a \in b \uparrow とすると,  b \leq \neg a である.これより,  a \leq \neg b である.よって,  0 \lt a \leq b \cdot \neg b = 0 となってしまい,矛盾する.従って,  b はアトムである.逆に,  b がアトムであるとする.このとき,  x \in B とし,  x \notin b \uparrow とすると,  b \not \leq x なので,  b \cdot \neg x \neq  0 である.よって,  b がアトムで 0 \lt b \cdot  \neg x \leq b だから b \cdot \neg x = b である.これより,  b \leq \neg x である.従って,  \neg x \in b \uparrow である.以上より,  b \uparrow は超フィルターである.

(3)  X \downarrow  X を含むイデアルであることは定義から直ちに従う.若し I  X を含むイデアルであれば,  x \in X \downarrow に対し,  x \leq a_1 + \cdots + a_n なる有限個の a_1, \cdots, a_n \in X がとれる.イデアルの公理(3)より a_1 + \cdots + a_n \in I である.更に,イデアルの公理(2)より,  x \in I である.従って,  X \downarrow \subset I である.

(4) (3)の証明を双対的に追えばいい.  \square

Lem.2.10

 B をBoole代数,  I \subset B イデアルとする.このとき,  I が素イデアルであることと,  I が(包含関係に関して)極大であることは同値である.また,  F \subset B をフィルターとする.このとき,  F が超フィルターであることと,  F が(包含関係に関して)極大であることは同値である.

Proof

 I を素イデアルとする.  I \subsetneq J なるイデアル J \subset B があったとすると,  x \in J \setminus I がとれる.  I は素イデアルだから,  x \in I または \neg x \in I である.  x のとり方から x \notin I だから,  \neg x \in I \subset J である.よって,  1 = x + \neg x \in J であるが,これはイデアルの公理(1)に矛盾する.従って,  I は極大イデアルである.逆に,  I が極大イデアルとし,  x \in B をとり,  x \notin I とする.いま,  S := I \cup \{ \neg x \} とおく.このとき,  I \subset S である.更に,  y \in I をとり,  y + \neg x = 1 とすると,  x \leq y であるから,イデアルの公理(2)より x \in I となるが,これは x \notin I に矛盾する.従って, Lem.2.9(3)より I \subset S \subset S \downarrow で,  S \downarrow イデアルだが,  I の極大性より I = S = S \downarrow である.従って,  \neg x \in I である.故に,  I は素イデアルである.双対的な証明により,極大フィルターと超フィルターも同値になる.  \square

さて,いよいよ素イデアル定理とその双対定理である超フィルター定理を証明する.これらの定理の証明にはZorn補題を用いる.超限的な議論に不慣れな読者は証明を後回しにしてもよい.

Thm.2.11(素イデアル定理/超フィルター定理)

 B をBoole代数,  I \subset B イデアルとすると,  I を含む素イデアルが存在する.また,  F \subset B をフィルターとすると,  F を含む超フィルターが存在する.

Proof

 \mathcal{I} := \{ J \subset B \ | \ I \subset J, \ \text{$ J : $ ideal on $ B $ } \} とおく.このとき,  \mathcal{I} は包含関係 \subset によって順序集合をなす.  \mathcal{I} の鎖(全順序部分集合) \mathcal{J} をとる.  J := \cup \mathcal{J} とおくと,  J  \mathcal{J} の上界である(容易).従って, Zorn補題より,  \mathcal{I} は極大元 K をもつ.これは I \subset K なる極大イデアルであるから, Lem.2.10より K は素イデアルである.超フィルター定理も双対的に証明できる.  \square

以上より,本稿の目標の定理を示すことができた.次回はこのシリーズ「ブール代数入門」におけるモチベーションであったストーンの表現定理を紹介し,証明することを目標とする.位相空間論の知識が必要になるが,そこで得られる結果はブール代数において大変重要な結果となっている.本稿で証明した素イデアル定理の応用例にもなっているので,是非目を通してみて欲しい.

参考文献

おまけ:素イデアル定理の応用

次回紹介する予定のStoneの表現定理も含め,素イデアル定理は様々な応用例が知られている.以下のwebサイトでは,素イデアル定理に同値な定理を,参考文献と共に幾つか紹介している.

alg-d.com

ここでは,位相空間論に関連するいくつかの定理を紹介しよう.まず,素イデアル定理の証明から次がわかる.

Thm.1

ZF公理系において,選択公理から素イデアル定理が従う.

つまり, ZFC公理系においては素イデアル定理は有効である.以後,素イデアル定理をBPIと略記する.

Thm.2

ZF+BPIにおいて,コンパクトHausdorff空間の直積もまたコンパクトHausdorffである.

Hausdorff性が直積で保存されることはZF公理系で成り立つ事実であるが, ZF+BPI公理系ではより強く,コンパクトHausdorff性は直積で保存される.なお,この定理はZFC公理系においてTychonoffの定理が成り立つことに対応する定理である.

Thm.3(Alexanderの準開基定理)

ZF+BPIにおいて, コンパクト空間 X の準開基 \mathcal{S} で,  \mathcal{S} の元からなる X 開被覆は有限部分被覆をもつようなものが存在する.

なお, ZFC公理系において, Alexanderの準開基からTychonoffの定理を示すことができる.例えば,大田春外. はじめての集合と位相. 日本評論社, 2012. などを参照せよ. ZF公理系では, Tychonoffの定理は選択公理に同値であることが知られているから, Tychonoffの定理からAlexanderの準開基定理を示すことができる.この逆については上のwebサイトを参照せよ.

このように, ZF公理系において, BPIはACよりも弱い仮定であることがわかる.それでありながら強力な性質を有しているのであるのが, BPIの性質である.