ブール代数入門(2)-素イデアル定理
本稿は,以下の記事の続きとして, Boole代数の基本的な定理である素イデアル定理を紹介する.
2. 素イデアル定理
Def.2.1
をBoole代数, とする.このとき, がイデアルであるとは,次を満たすことをいう.
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つまり,イデアルとは,「0をもつ、下方向と加法について閉じた構造」であることがわかる.
Def.2.2
をBoole代数, をイデアルとする. が素イデアルであるとは, を満たすことをいう.
素イデアルは,「どんなブール代数の元も,それ自身またはその補元をもつ」ことを主張する.
イデアルの基本的な性質として,次が成り立つ.
Lem.2.3
をBoole代数, をイデアルとする.このとき,次が成り立つ.
Proof
(1) をとり, とする.若しであれば,イデアルの公理(3)よりであるが,これはイデアルの公理(1)に矛盾する.よって, である.
(2) が素イデアルであるとする. をとり, とする.このとき, なので,イデアルの公理(3)より, である.従って, (1)よりである.逆に, (2)の条件が成り立つとする.このとき, をとると, なのでまたはである.よって, は素イデアルである.
Def.2.4
をBoole代数, とする.このとき, をの単項イデアルという.
単項イデアルがイデアルであることは直ちに確かめられるので読者への練習問題とする.
イデアルの双対概念にフィルターと呼ばれるものがある.集合論的にはこちらの方が扱いやすいので,イデアルに関する定理であっても証明はフィルターを介することがある.
Def.2.5
をBoole代数, とする.このとき, がフィルターであるとは,次を満たすことをいう.
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つまり,フィルターとは,「1をもつ、上方向と乗法について閉じた構造」であることがわかる.
定義から,イデアルとフィルターは双対概念であるから,定義と定理の紹介は羅列するにとどめる.詳しく見たい人は確かめよ.
Def.2.6
をBoole代数, をフィルターとする. が超フィルターであるとは, を満たすことをいう.
Lem.2.7
をBoole代数, をフィルターとする.このとき,次が成り立つ.
.特に, が超フィルターならば,逆も成り立つ.
が超フィルターであることと, であることは同値である.
Def.2.8
をBoole代数, とする.このとき, をの単項フィルターという.
さて,イデアルとフィルターの関連を見ていこう.
Lem.2.9
をBoole代数, とする.このとき,次が成り立つ.
がイデアルであることと, がフィルターであることは同値である.特に, が素イデアルであることと, が超フィルターであることは同値である.このをの随伴という.
の単項フィルターが超フィルターであることと, なるが存在しないことは同値である.このようなをアトムという.
空でないの任意の有限個の元の和がでないとする.このとき, はを含む最小のイデアルである.これをから生成されるイデアルという.
空でないの任意の有限個の元の積がでないとする(有限交叉性/FIP).このとき, はを含む最小のフィルターである.これをから生成されるフィルターという.
Proof
(1) をイデアルとする.このとき,イデアルの公理(1)より, である.また, ならばなので,イデアルの公理(2)より, である.よって, である.さらに, とすると,イデアルの公理(3)よりである.よって, である.故に, はフィルターである.若しが素イデアルであれば, に対してまたはであるから, またはである.よって, は超フィルターである.逆も同様である.
(2) が超フィルターであるとする.若しなるがあれば, またはである. とすると, となってしまい, に矛盾する. とすると, である.これより, である.よって, となってしまい,矛盾する.従って, はアトムである.逆に, がアトムであるとする.このとき, とし, とすると, なので, である.よって, がアトムでだからである.これより, である.従って, である.以上より, は超フィルターである.
(3) がを含むイデアルであることは定義から直ちに従う.若しがを含むイデアルであれば, に対し, なる有限個のがとれる.イデアルの公理(3)よりである.更に,イデアルの公理(2)より, である.従って, である.
(4) (3)の証明を双対的に追えばいい.
Lem.2.10
をBoole代数, をイデアルとする.このとき, が素イデアルであることと, が(包含関係に関して)極大であることは同値である.また, をフィルターとする.このとき, が超フィルターであることと, が(包含関係に関して)極大であることは同値である.
Proof
を素イデアルとする. なるイデアルがあったとすると, がとれる. は素イデアルだから, またはである. のとり方からだから, である.よって, であるが,これはイデアルの公理(1)に矛盾する.従って, は極大イデアルである.逆に, が極大イデアルとし, をとり, とする.いま, とおく.このとき, である.更に, をとり, とすると, であるから,イデアルの公理(2)よりとなるが,これはに矛盾する.従って, Lem.2.9(3)よりで, はイデアルだが, の極大性よりである.従って, である.故に, は素イデアルである.双対的な証明により,極大フィルターと超フィルターも同値になる.
さて,いよいよ素イデアル定理とその双対定理である超フィルター定理を証明する.これらの定理の証明にはZornの補題を用いる.超限的な議論に不慣れな読者は証明を後回しにしてもよい.
Thm.2.11(素イデアル定理/超フィルター定理)
をBoole代数, をイデアルとすると, を含む素イデアルが存在する.また, をフィルターとすると, を含む超フィルターが存在する.
Proof
とおく.このとき, は包含関係によって順序集合をなす. の鎖(全順序部分集合)をとる. とおくと, はの上界である(容易).従って, Zornの補題より, は極大元をもつ.これはなる極大イデアルであるから, Lem.2.10よりは素イデアルである.超フィルター定理も双対的に証明できる.
以上より,本稿の目標の定理を示すことができた.次回はこのシリーズ「ブール代数入門」におけるモチベーションであったストーンの表現定理を紹介し,証明することを目標とする.位相空間論の知識が必要になるが,そこで得られる結果はブール代数において大変重要な結果となっている.本稿で証明した素イデアル定理の応用例にもなっているので,是非目を通してみて欲しい.
参考文献
おまけ:素イデアル定理の応用
次回紹介する予定のStoneの表現定理も含め,素イデアル定理は様々な応用例が知られている.以下のwebサイトでは,素イデアル定理に同値な定理を,参考文献と共に幾つか紹介している.
ここでは,位相空間論に関連するいくつかの定理を紹介しよう.まず,素イデアル定理の証明から次がわかる.
Thm.1
つまり, ZFC公理系においては素イデアル定理は有効である.以後,素イデアル定理をBPIと略記する.
Thm.2
ZF+BPIにおいて,コンパクトHausdorff空間の直積もまたコンパクトHausdorffである.
Hausdorff性が直積で保存されることはZF公理系で成り立つ事実であるが, ZF+BPI公理系ではより強く,コンパクトHausdorff性は直積で保存される.なお,この定理はZFC公理系においてTychonoffの定理が成り立つことに対応する定理である.
Thm.3(Alexanderの準開基定理)
ZF+BPIにおいて, コンパクト空間の準開基で, の元からなるの開被覆は有限部分被覆をもつようなものが存在する.
なお, ZFC公理系において, Alexanderの準開基からTychonoffの定理を示すことができる.例えば,大田春外. はじめての集合と位相. 日本評論社, 2012. などを参照せよ. ZF公理系では, Tychonoffの定理は選択公理に同値であることが知られているから, Tychonoffの定理からAlexanderの準開基定理を示すことができる.この逆については上のwebサイトを参照せよ.
このように, ZF公理系において, BPIはACよりも弱い仮定であることがわかる.それでありながら強力な性質を有しているのであるのが, BPIの性質である.